『アールデン系 第7弾』
〜純粋なアールデンピジョンから銘鳩を作り上げた男〜
今回の『M.ファンヘール鳩舎』の紹介は、1989年2月18日(土)・19日(日)の両日に行われたトータルオークションの冊子より原稿をおこしました。一部改正したとこともありますが、その箇所は記事の出典をその都度明記して行きたいと思います。
1983年3月マライン・ファンヘールがこの世を去った後、未亡人のマルタ・ファンヘールは夫の跡を継ぎ鳩飼育を行いました。生前からM.ファンヘールの元に通い、鳩を譲っただけでなくヘール自身の鳩に関することを伝授した人物にMachiel Buijk(マイケル・バイク)がいます。このマイケル・バイクは、マルタ・ファンヘール鳩舎のロフトマネージャーとしてマライン亡き後マルタにアドバイスをし、交配・訓練・レース等を行いました。彼は、それらの代償としてファンヘールの鳩を何羽も譲り受けることになります。
1989年体調の思わしくなかったマルタ・ファンヘールは、彼女の所有する成鳩を処分することにしました。その年の2月マイケル・バイクは、彼女のためにオークションを開いたのです。
今回はこのオークション冊子より、マライン・ファンヘールの草創期から基礎鳩“ドル”が作翔された頃やその後ドルの直系が素晴らしい翔歴をあげたことについて紹介します。
【ヤン・アールデンの鳩の血がいかにして渡ったのか】
以前コンテンツで紹介しましたP.ラーズローム鳩舎同様、ファンヘール鳩舎へもアグトマール鳩舎より鳩が流れています。卵にてもらって来た内の何羽かは“ド・500”の全兄弟にあたります。そして、同年(1959年)ファンヘールは同じ“ド・500”の交配から生まれた若鳩をもう2羽譲ってもらいます(コンテンツ「P.ラーズローム」参照)。これによりファンヘールは複数羽の“ド・500”の全兄弟を手にしまた。内3羽は♂で、1羽は♀と言われます。
ファンヘール鳩舎の基礎鳩は、これら4羽以外にも『リヒテンベルグ』と『オード59』がいます。この2羽もアールデン系でした。後に異血として導入したのが数羽いますがそれらは、『H73−732626♀(サンバンサン):ファンデンブルフ』・『H76−292736♀(バルセロナドイビン):ファンバンローイ』・『ファンデウェーゲン鳩』などでした。
【長距離強豪鳩舎へ】
1960年代以降は長距離強豪鳩舎の仲間入りを果たし、彼の鳩は2台の車を勝ち取っています。その内1台は『ドル』がサンバンサンで、もう1台は『フレックイエ』がダックスで勝ち取りました。
多くの愛鳩家がファンヘールピジョンを求めて彼の鳩舎を訪れました。そして、その多くが彼の鳩で成功を納めています。しかし、ファンヘールは自分の血統の根幹をなしているアールデン系の基礎種鳩は売りませんでした。彼にとって作出は最も重要な部分であり、その結果レースに勝つことができ、かつ、優秀なブリーダーを作り出すことになったのです。
1967年に有名な“ドル”が生まれますが、それ以前での代表鳩は“ランゲ”でした。“ランゲ”の父親はアグトマールの“ド・500”の全兄弟です。
※ 次回は代表鳩の『ドル』と『ランゲ』の血統並びに翔歴を紹介します。
〜〜〜 平成15年2月16日(日) 〜〜〜
*第2回は、代表鳩『ドル』・『ランゲ』の翔歴や血統や『オード54』・『ボンテ62』を紹介します。
“Dolle(ドル)” H67−2052951 BCW ♂
翔歴)
1968年 リモージュZNB 9位/1610羽中
1970年 シャトローZNB20位/2176羽中
1972年 ベルジェラックN394位/3213羽中
1973年 モリン ZNB30位/5161羽中
1973年 ダックス N704位/3601羽中
1974年 ダックス N66位/3561羽中
1974年 サンバンサン N12位/6917羽中
1975年 ダックス N 3位/3649羽中
1975年 サンバンサン N 3位/6866羽中 自動車獲得
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祖父)アールデンピジョン |
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父)“Ligtenberg” |
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H64−145676 |
祖母)アールデンピジョン |
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アントーン・リヒテンベルグ作 |
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祖父)H61−140064 |
・H59−251351 |
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(ド・500の全兄弟) |
母)H63−306428 |
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・アールデンピジョン |
(ヴァイオレットアイ) |
祖母)H61−140084 |
・H59−251350 |
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同腹にランゲ |
(ド・500の全兄弟) |
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・アールデンピジョン |
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ファンヘールは人生の25年を費やし、純粋なアールデンピジョンのみで構成される自分自身の血統を築き上げた。1975年、ドルは種鳩鳩舎に移されるが、そこでもスーパーブリーダーとしてその非凡さを発揮する。ファンヘールの死後残された鳩たちの90%は「ドル」の血を引いていると言われる。「ドル」は1983年にはまだ種鳩として健在であったが、その後は若鳩鳩舎に移され、そこで最後の2年間を過ごした。そして、1985年に18歳でこの世を去った。ドルの目は、チェストナットアイ(栗色の目)をしていたようだ。
“Lange(ランゲ)” H61−140085
翔歴)
ベルジェラックN 8位/5168羽中
ダックス N17位/2969羽中
〃 N85位/5213羽中
〃 N88位/3228羽中
〃 N127位/2949羽中
サンバンサン N168位/10983羽中
〃 N246位/7355羽中
〃 N253位/11259羽中
ダックス N268位/3395羽中
〃 N591位/4287羽中
〃 N598位/4189羽中
サンバンサン N709位/7460羽中
〃 N745位/9389羽中
ポー N893位/8761羽中
ベルジェラックN896位/4597羽中
サンバンサン N915位/8732羽中
〃 N1208位/7769羽中
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祖父)H56−968746 ”オード アールデン” |
父)“Lichte Kuif” |
アールデン作 ド・37の直子 |
H59−251350 |
祖母)H54−696797 |
ド・500の全兄弟 |
ロンバウツ鳩舎の有名なペアの直子 |
母)“Aarden−hen” |
祖父)アグトマール |
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祖母)アグトマール |
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ランゲはドル同様、100%アールデンピジョンであった。18回のレースに送られ17回のナショナル入賞を果たしたことは驚異的と言わねばなるまい。何とランゲは10歳でダックスN17位を記録している。目の色は黄色味がかった柿目と言われている。1960年代後半から1970年代における「ランゲ」「ボンテ62」「オード54」「ドル」の4羽のチャンピオンを始め、その他殆どの自分の大切にしていた鳩は決して売ることはなく、ランゲは1976年にこの世を去った。
翔歴)
サンバンサン N 9位、23位、71位
ダックス N 43位等、12回の長距離レースで入賞を果たしている。
父)“Lighte Kuif” H59−251350
母)“Dochter Oude59”
“ボンテ62”
翔歴)
サンバンサンN37位、ダックスN5位等、長距離レースで10回の入賞を果たしている。
*次回は、ドルの全兄弟や直子さらにドルの交配鳩(同系&異系)について紹介します。
〜〜〜 平成15年2月26日(水) 〜〜〜
ながらく休んでいましたが、前回の続きを書きます。
***ドルの全兄弟や直子さらにドルの交配鳩(同系&異系)の紹介***
”Dochter Oude 54” NL73−2321155
祖父) “Lighte Kuif” H59−251350
父)”オード54”
H67−2052954
祖母)“Dochter Oude59”
母)”Zuster Dolle”
H71−2204953 …1987年16歳没。チェストナットアイ。
1970年〜1980年代のファンヘール鳩舎の基礎種鳩の1羽。このDochter Oude 54は、主としてドルの配合鳩として使われた。直子に「Dolle2:NL81−8152451」や「グーデブラウエ」の母NL80−8009290がいる。
”Broer Dolle” H70−21159604
ブルールドルは、ドルの全兄弟で1歳になるとすぐ種鳩鳩舎へと移された。1988年にこの世を去ってしまっているが、ファンヘール鳩舎において長年に渡り活躍した優秀なブリーダーである。
【異血鳩】
”ド26” H73−732626 BC ♀
ファンデンブルフ 作翔
1975年 サンバンサンN総合優勝
祖父)”アールデンT”H61−607302
父)H64−827222 BC H50−ド49直子
”アールデンU”
祖母)”シルバーフォスドィビン”
H47−シルバーフォスイエ直子
祖父)”97” Aarden Doffer
母)”ワンダー30”
H66−745330
祖母)”ボンテ67”(ハベニス)
”Barcelona Duivin” H76−292736
J.B.ヘンドリックス 作翔
*両親は”ド90”と”スピン” の血を引く純粋は「ファンバンローイ鳩」であった。ファンバンローイが1971年に当然この世を去り、親友であったヘンドリック氏が多額の金を投じて、彼の愛鳩全部を買い取ったのでヘンドリック作翔は間違いないと思います。
この鳩は、1歳でバルセロナでナショナル入賞を果たし、若年でファンヘール鳩舎のブリーダーとなった鳩である。「バルセロナ:NL80−8009242」「フェレックイエ:NL81−8152434」「グーデブラウエ」を始めとするファンヘール鳩舎の1980年代CHは殆ど皆、この鳩の血を受け継いでいることからしても偉大な異血鳩だったと考えられます。
※ M.ファンヘール鳩舎の紹介は以上とします。現在もご子息がレースを続けています。また、HPもあるようですので、最近の同鳩舎情報はそちらをご覧下さい。ご精読ありがとうございました。
〜〜〜 平成15年7月12日(土) 〜〜〜